2018/04/18

「私も知りませんでした」

私が最近、伝道の手引きになるものを調べていたのですが、
ふと、目に留まったのは、このタイトルでした。


人生の指針となる" ことば "を求めている人たちに、
投げかけるスラッと心に留まることばを模索しています。

家並みをぬって散歩しているときなど、この一軒ずつの屋根の下に暮らしている人々がいて、
365日、24時間、人生を刻んでいることが不思議に思えるのです。

喜怒哀楽が織りなして、日々が重ねられていく…

それぞれの人の心の扉が、ほんの少しだけ開いていたら、そこから顔をのぞかせてみたいと思います。

「こんにちは。
 今日はどんな気分ですか。
 私、少し、あなたと話してみたいのですが ? 」

こんなふうに話しかけられて、嬉しい人、関心を持つ人にどれだけ会えるでしょうか。
昔、伝道の日々に、夢示や啓示のようなものを頻繁に体得していたことがあります。

その日に出会う人と、あらかじめ、夢で会っていたり、
何となく、こんな人に出会うのではないかなと、と予感していて、
その通りの人に出会ったりするのです。

自分の力だけでは伝道は無理です。
無理なことをすると、人を訪ねる力が萎えてしまいます。
自然体でいかなくては。
人の暮らしの流れに、つっと入って行って、
「私と友達になりませんか」
とか
「実は私も知りませんでしたけど…」
という言葉をかけて、流れを変えるということなので、
その人の距離が自然でなくてはならないでしょう?

本当に伝えたいことって、案外、自分自身がよく把握していないことが多いですから、
「私も知りませんでした」というのが、自身の気持ちに極、自然です。

伝える内容は伝えながら、自分も学んでいくという姿勢が良いではないですか。
さて、
今日のテーマ「私も知りませんでした」という言葉の主語は、「人生の道しるべ」となる「真理」です。
最も信頼し、ひとかけらの矛盾もない「真理」と呼べるものを提供してくださった方を私は「親」として、「師」として、「指導者」として得たられたことを人生最大の幸運だと思っています。
その方が、「私も知らなかったのです」という一歩になる一言を下さったのです !
「実は、私も知らなかったのですが、一緒に学びませんか」と語りなさいと。

こんな感じのアプローチを考えてみましたが、いかがですか。
 

2016/09/14

秋夕に思う


秋夕。  

先祖を懐かしみ敬い愛おしい思う心が
韓半島の秋空に漂うこの季節。

歴史の中に置かれた「恨」の重みが
ハラボジ、ハルモニたちの顔に刻まれた皺に
感じられます。
  
  全てを呑み込んで、漢江の流れと共に生きてきた
  美しく哀しい表情に魅入ってしまいます。

  この半島に統一の灯が点される日が早かれと、熱く熱く願う秋夕の日々です。
  この半島の統一は、南北の統一だけでなく、
  世界の分断の悲劇を解放する意味でも世界の悲願でもあるのですから。


2016/02/21

心は教師

自分を見つめる
心を見つめる

自分を偽らない
自分の心の声を聞いて生きる

心は私の人生に寄り添う最高の教師である。